人が好き、でも集団は苦手という、自称優しい孤独人間の眼差し、想い、喜怒哀楽。


by ジョバンニ
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ジャズシャンソン歌手(3回連続早口で言いましょう)



「セッション」という映画を
たまたまテレビで観た。

この映画の評判は、ロードショー上映をやっていた当時に
新聞の映画評で知っていた。
絶賛だったような印象が記憶に残っている。

で、実際に観てどうだったか。
まず出てくる言葉は強烈!
である。

好き嫌い、良い悪い、傑作駄作、
そんなジャッジはさて置いて、
とにかく僕には強烈で、それ故辛い映画であった。

音楽というよりスポーツ、
というより武闘
というよりバイオレンス…
で一周回って極めつきの音楽に行き着いた。
そんなあと味。

実を言うと観ている間、途切れ途切れに
かつての自分を思い巡らしてぼんやりしてしまうような
瞬間があった。
セッションに出てくる鬼教師が、
僕が昔...二十代から三十代、にかけて通っていた
アトリエの画家先生を彷彿とさせたからである。

映画の鬼教師のような常軌を逸した指導こそ
なかったものの、理不尽とも言える厳しさで
生徒を追い込んで行くという点では、画家先生と
映画の鬼教師は共通していた。

僕は週3日のアトリエ通いを15年近く続けたが、
その間、何度辞めようと思ったろう。
今でも怒号が耳の底に残っていて、それが
セッションの鬼教師の怒号とシンクロして
蘇ってくる。

そしてもうひとつ、蘇ってきたこと。
その記憶は観終わって少したってから浮上してきた。
そもそもこの「セッション」という映画の「セッション」とは、
「ジャズセッション」。
エリートジャズバンドの若きドラマーと鬼教師の
"闘い"が描かれている。

ジャズ。
それで思い出したのがある大物演歌歌手なのである。
ニューヨークでジャズコンサートを開いたときの
数日を追ったドキュメンタリー番組だった。
本場ジャズバンドとの「セッション」。

その音合わせの光景が蘇ってきたのだった。
譜面通りキチンと歌おうとする演歌歌手。
対してジャズマンたちは譜面を見ながらも
音符の周りを自由にスイング。
歌手とバンドの呼吸がなかなか噛み合わない。
演歌歌手は明日の本番を前に焦る。
そしてついには「どうか本番では譜面通りに演奏して欲しい。」と、
通訳を介して真剣な笑顔でジャズマンたちに訴えるのである。

(あぁ…そうか、そうだなぁ…)
この時僕の頭の中には、魔女の宅急便でキキが言ったセリフが
浮かんできたのだった。
"魔女は血で(空を)飛ぶの。"

大物演歌歌手のジャズは決して悪くはないのだが、
本場ジャズマンたちと決定的に違うのはそこだった。
"ジャズは血で奏でる"のである。

彼女には残念ながらジャズの血は流れていない。
それはどうすることもできないことである。
ジャズメンに演歌の血が流れていないのと同じことである。

一本の強烈な映画が、その強烈パンチで開いてくれた
記憶の扉。
些細な記憶の話。



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by bakery-sunafukin | 2016-12-09 12:35